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    どうも、とある男性の知り合いに頭の匂いを嗅がれ、
    「良い匂いがするね」と言われて、身の危険を感じている私です。こんばんは。

    さてさて、久々の更新になります。

    さっそくだが、ヤバイ。何がヤバイって色々とヤバイ。
    こういう切羽詰まったとき、無性に落語を覚えたくなる衝動に駆られるのは何故だろうか。

    その理由を考えてみたところ、
    私が落語を覚えるときというのは、公演の一週間前に焦燥感から短期集中で覚えることが多かった。
    そんなことを繰り返していく内に、次第に身体が危機感を覚えることは、落語を覚えることであると記憶したのではないだろうか。
    よって、まるで落語に関係ないことであっても、切羽詰まると落語を覚えなければいけないという義務感が生じている可能性がある。

    これはまずい。早く落語を覚えなきゃ。




    一つオチを付けたので、今日のブログはもういいかなと思ったけど、あまりにも短いのでもう少し書いていく。

    今期、視聴し続けているアニメを列挙すると、
    ・キルラキル
    ・京騒劇画
    ・てーきゅう
    ・俺の脳内選択肢がry

    の計4つとなっている。

    キルラキルが今期のアニメの中では群を抜いて面白い。
    展開や世界観が有無を言わせずぶっとんでいるので、何も考える必要がなくそういうものなのだと受け入れることができる。あと無駄に服装がエロい点は素晴らしい。
    そして何よりもアニメーションが見応えがあると、それだけでも面白いと感じる。
    これからのぶっとび具合にも注目していきたい。

    京騒劇画は、面白くなる要素は幾つもあるが、2話で過去回を入れたために失速した感が否めない。
    説明回や過去回なんぞはシナリオを進める上で必要最小限入れるものであって、1話まるまる使ってもダレるだけである。ましてや1話が終わり、今からどうなるのかという点に目線が行っているのに、そこを放置してしまうのは視聴者をふるいに落とすだけなのではないだろうか。
    これからの展開次第ではまだ挽回できるので、期待はしたいが、2話目に説明のために過去回で1話まるまる使ってしまう脚本家に期待できるのだろうか。

    てーきゅうは短いからいいよね。

    俺の脳内ry 辛い。辛い。



    というわけで、せーの、ぶるっちょな!!

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    電車に乗っていると、隣に座ってきた女子高生二人組が大声で会話を始めた。
    盗み聞きをするつもりはないが、嫌でも会話が聞こえてくる。

    「それでさー、昨日、途中で携帯の電池が切れて超ヤバかった」
    「それマジでヤバくない?」
    「ありえないくらいヤバかった」
    「それヤバいわー」
    「ほんっとヤバくてさー、家に帰るまで超ヤバかった」
    「携帯ないとかヤバすぎっしょ」
    「そういえば、昨日のドラマ見た? ヤバくね?」

    ってこいつらヤバイしか言ってねえじゃねえか!!
    会話の情報が携帯の電池が切れてヤバかったしかねえってどういうことですか。
    もっとほかの表現の方法はないの!? どうヤバくて、それからどうしたのか言えよ!!

    今の若い子の一部は本当に語彙やらなんやらがヤバくてヤバいんだなと思うなどした私です。どうも、こんばんは。

    ちなみに、あまりにもヤバいを連呼するので電車に乗っている間に数えてみたところ、僅か30分の間に150回ヤバイと言っていた。1分間に5回ヤバいを言う計算である。マジヤバい。

    日本語の乱れを実感したが、私が普段使う言葉であっても、年配の方から見れば汚い言葉かもしれない。
    また、本来の意味とは間違っている日本語であっても、なんとなく意味が伝わるからと無自覚に使っていることが多々ある。

    「小春日和」という言葉を知っているだろうか。

    おそらくこの言葉の意味を聞くと、半分ぐらいの人は、春が来る前の暖かい日と答えるのではないだろうか。

    しかし辞書を引いてみると、
    小春日和:初冬の頃の、暖かくて穏やかな天気のことである。

    そう、小春日和とは秋に使う言葉であって、断じて春に使う言葉ではないのである。

    昔、NHKの白熱教室を視聴していたところ、マイケル・サンデルが、
    「アラブの春と呼ばれる革命が起き、アラブでは春が訪れたが、日本ではどうだろうか」
    と質問をしていた。

    それに対して会場にいた日本人の一人が、
    「日本は今、小春日和である」
    と答えていた。

    その後、日本は今後どうなっていくかを長々と語っていたが、どうやらこの小春日和は、もうすぐ春が来るという間違った意味で用いられていることが分かった。

    私は日本はこれから長い長い冬に入ると思っているので、この小春日和であるという答えは正しいと思うが、
    今回のように思い違いをした言葉を使ってしまうと、相手には違う意味で伝わってしまい、会話に齟齬が起きてしまう。そうなるとまともに議論もできなければ、会話すらも成り立たなくなってしまう可能性がある。
    日頃よく使うことであっても、辞書を使い、今一度確認することが大切なのではないだろうか。

    何が言いたいかというと、
    星新一賞のために書いている文章が日本語としておかしい部分が多々あり、辞書を引いて直している真っ最中であるということだ。
    そして、〆切がじりじりと迫ってきており、マジ超ヤバいってマジでということである。