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    とある女性から、「一緒にコーヒーを飲みに行きませんか?」という誘いのメールを頂いた。
    私としては断る理由もないので、即座に「喜んでお供致します」と返事をした。

    しかしながら、私はコーヒーなんぞほとんど飲んだことがない。たまにファミレスで食後に出てくるコーヒーを飲む程度でまーるで知らない。
    よく御洒落な人はスタバやらなんやらでコーヒーを飲んでいるが、あれ一杯600円以上するでしょ? 高くね? えっ、だってコーヒーを一杯飲むだけで600円ってお前、600円あれば文庫本1冊買えるからね? コーヒー飲む15分かそれぐらいの時間を文庫本ならゆっくり読めば3時間は費やせるからね? 時間対効果圧倒的に後者が優れているからね?

    というわけで、高い金出してコーヒーなんて飲むだけ無駄という考えを持っている私が女性の誘いという理由だけでコーヒーを飲みに行ったわけなのだが。

    待ち合わせ場所にてその女性と合流し、コーヒーを飲む御店へと移動することに。

    どうせスタバとかそういうチェーン店だろうと高をくくっていたが、着いた所は喫茶店。
    築50年は経つような古びた外観で、店員はおらず店主のご老人が一人いるだけ。これ、マスターって言われる奴だ。漫画とかでよくあるマスターってやつだ。

    「良かったぁ。今日は御店が開いてたね」
    私を誘ってくれた女性がそう言っていたが、どうやらマスターの気まぐれにより店が開いているらしい。なんだその店。商売舐めてんのか。

    店の中に入り、メニューを開いてみると、

    コーヒーしかない。
    メニューがコーヒーしかない。

    いや、確かにコーヒー飲みに行こうと誘われてきたわけだから、コーヒーは飲みますよ。でも、コーヒーしかないってどういうこと。普通、サンドウィッチとかオムライスとかそういうメインのがあって、サブメニューでコーヒーですよね。えっ、コーヒーしかないってこれ喫茶店なの? ねえ、これ本当に喫茶店なの?

    女性の方は早々にコーヒーを決め、「何にするの?」と急かしてきたので、
    ええいままよと、エスプレッソというものを頼んだ。ほら、名前がカッコイイだろ? 選んだ理由はそれだけだ。値段は780円であった。

    10分ほど経って、私の元にエスプレッソが運ばれてきた。

    御猪口のようなちいーさなカップに、ほんのちょびっとコーヒーが入っている。

    これがエスプレッソ・・・? これが780円・・・? これ・・・が・・・?

    コーヒーカップを持ち上げ、ぐいっと一杯飲んでみる。

    苦い。

    うん、苦い。ただただ苦い。

    これ・・・780円・・・?

    苦い。

    苦い。

    砂糖やミルクを入れるを忘れていたと気づいたが、もう既に飲み終えている。

    連れの女性は普通のコーヒーカップになみなみと入ったコーヒーを嬉しそうに飲んでいる。
    私は手持無沙汰になっていたので、もう一杯頼もうかと思ったが、780円という金額が私の前にでかでかと現れて、この金で何が買えるかを懇切丁寧に教えてくれたため、女性が飲み終わるまでひたすら店の中をきょろきょろと拝見するという気持ちの悪い男にならざるを得なかった。

    ようやく女性が飲み終え、少々会話をした後、店を出ることに。
    そして駅まで女性を送り、そのまま解散。

    本当に、コーヒーを飲んだだけだった。
    あれで780円。780円・・・。

    この時、私は思った。正直に生きようと。無駄に見栄を張って、金をドブに捨てるよりも、正直に生きて、身の丈に合った暮らしをしよう。自らを不幸にするなんて愚行を犯さず、ストレスのない幸福な人生を送っていこう。そう深く決心をした。

    新たな決心を胸に帰路に着いていると、先ほどの女性からメールが届いた。

    「先ほどはありがとうございました。エスプレッソを何も入れずにそのまま飲むなんて通ですね!」

    私はすぐさま返信した。





    コーヒー飲みなれてますから!!




    人間というのは何度同じ過ちを繰り返せば済むのだろうか。
    男というのはつくづく馬鹿な生物であると確信した出来事であった。
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    柳家小三治の千早ふるを文章化した。
    これをベースにちょいと改変して、その後覚えてみようと思っている。

    金:先生ぇ!
    先生:あぁ、おう、なんだ金さんじゃないか。えぇ? まぁまぁはこっちお上がんなさいよ布団当てて。なんだい。
    金:えぇ、実はね。わっしあのー、今日はあのー、先生にちょいと伺げえてえことがあってね、来たんですよ。
    先生:ほぅほぅ、伺いたいことというと丁寧な言葉だな。うん、じゃあまぁまぁそこに座って。何を聞きたい。
    金:えぇ、実はね、あっしのところに女のガキが一匹いますわね。
    先生:なんだいその女のガキってえのは。いくら自分の子だからってへりくだって言う時にはね、女のガキってえ言い方はないよ。女の子でいいんだ。
    金:ああそうっすか。いえ、そうそうそれがね、いるんですけど、この頃面白いもんに凝ってんですよ。
    先生:なんだ。
    金:なんだってあの、あれですね、えぇなんて言いましたっけね、あれね、あの友達ね、大勢集まって伊勢谷のお嬢さんやなんか皆仲間になってね、で、畳の上に札並べて取り合ったりするんですよ。
    先生:あぁあぁ、そらお前花札だろ。
    金:そうじゃねんですね。花札はあっしの方なんですよ。いえそうじゃねんですね。なんか一人がね仲間外れになってね、こっちの方で詠みあげてますね。手の上に札をうず高く持ってね、なんとかのなんとかーってえと、はーいありました。なんてやってるでしょ? ほら、不思議な節を付けて、ね。なんとかのーなんとかなんとかーあっ、そう。あのー、あれです。役人一首。
    先生:なんだいその役人一首ってえのは。それを言うなら百人一首ってんだ。
    金:へえへえ、そうとも言うんです。
    先生:いやいや、そうともじゃないんだ。そう言うんだよ。
    金:それでね、あのー、なんでも歌の中にいい男ってのがいるそうですね。
    先生:おうおう、歌の中にってえと
    金:だから歌を作った人の中に
    先生:ああ、いい男いますね。
    金:その人の作った歌がありますよね。
    先生:そりゃ・・・ありますね・・・
    金:いや、なんでそんなこと言うかってえとですね、ただ取り合ってるだけじゃなんだから、皆で歌の訳を調べ合ったらためになるだろうなんてことにね、えぇ、その友達の中でなったらしいんですよ娘も
    先生:おお、そら結構なことだな。
    金:それでそのうちの娘にあたったのがあるんですけどね、あのー、それがいい男が作ったってんですけど、一番いい男ってえととっても有名な人がいるって。
    先生:そうそうそう。有名だねあの人は。
    金:なんてましたかねあの人。
    先生:あぁ、何とか言ったね、あれね。
    金:知ってますか?
    先生:知ってるよ。
    金:なんてんですか?
    先生:いやー、あれだね。ふぅ、まぁお茶おあがり
    金:いや、お茶はどうでもいいんですよ。あっ、思い出しました。あの、在原なりひろとかってんじゃねんですか。業平とか。
    先生:そうそうそうそう、業平ね。そう。あの、いい男だったそうだね。昔から良い女を見ると小町のようだっつうだろ? 男はやっぱり業平だろうな。
    金:その人の作った歌がありますよね。
    先生:あぁあぁ、そうだね。
    金:な、なんてえましたっけね。
    先生:なんとか言ったね。
    金:有名ですか?
    先生:有名だ。
    金:知ってますか?
    先生:知ってるよ。
    金:なんてんですか?
    先生:んん、まぁお茶
    金:いやお茶はどうでもいいんですよ。あぁあぁ、また思い出しましたよ。あの、ちはやふる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くぐるとはってんで。
    先生:おうおう、よく知ってるじゃ
    金:そりゃもうしょっちゅう耳にタコでね。娘がそう言ってますから。覚えちゃったんですよ。おとっつあんこの歌の訳は一体どういうわけかしらなんてね、あっしに聞くんですよ。だしぬけにね。何の前触れもなしに。で、そういうことをいきなり親に聞くってえのはそら親不孝だってさっきそう言ったんです。いやいや、聞くのはいいんです。聞くのはいいんだけどね、あの、いきなり聞いちゃいけねえってんで。第一、おとっつあんはばかりに行きたいなって心持だったんだ。はばかりに行こうかってふっとこう浮かしかけた所にお前が歌の訳をぶつけたんだから、これはほんの僅かの差で、これははばかりの方が先だいってんでそれからあっしはね、長屋のはばかりに行ってね、えぇ、しゃがみながら考えてたんで、幾ら考えたって分からねえんですよねぇ。分からねえわけだよ端から知らねえんだからね。知らねえやつを幾ら考えたって分からねえ。じゃあまぁいいや。町内ぐるぐる回ってりゃそのうち諦めてけえっちまうだろうと思ったらあいつは何処へも帰りませんねあれは。元々うちの子ですからあれは。ずーっとうちにいるんですよ。えぇ、うちにけえったらもうおしまいですね。おとっつあんこの歌の訳はってもう逃れられまんからね。そこえいくってえとほら、先生は普段から、ねっ。俺に知らないものはないなんて高慢な面してますからね。それから先生に聞きに来たとこういう訳なんですよ。
    先生:ああ、そうかい。それはいいがね。なんだいその高慢てえのは。
    金:あれ? 高慢いけませんか。
    先生:ものを教わろうというのに、そういう乱暴な口のききかたをするもんじゃないよ。丁寧な言葉を使いなさい。
    金:あぁそうっすか。じゃあお高慢ってえのは
    先生:なっ、なっ、なんだって「お」をつけりゃいいってもんじゃない。つまりなんだろ、えぇ、金さんが言うのは、ちはやふる、だね、神代もきかず竜田川? あぁ、からくれないに水くぐるとはという。その歌の訳を聞きに来たとこういうのか。
    金:えぇ。まぁそういうことですね。
    先生:あぁあぁ、そんなことわけないよ。造作ないよ。んなもん。
    金:そうすか。
    先生:あぁ、朝飯前だ。
    金:ど、どういうことですか。
    先生:つまりね、ちはやふる神代もきかず竜田川からくれないに水くぐるとはというあの歌はね、
    金:えぇ。
    先生:あれはね、業平の歌なんだよ。(間を開けて)業平の歌なんだよ。
    金:えぇえぇ、そこまではもう分かってんですよ。調べはついてんですから。あの、もうそこまではいいんです。わざわざ
    先生:でもお前世の中広いからね、疑る奴がいるだろ? そうでないという奴がいるかな?
    金:いないんじゃないですか?
    先生:もしいたら連れてきなさい。あくまでもその者と議論を闘わす。分からない時には張り倒す。
    金:いやそういう話じゃねんです。いまあっしがしてんのは。あのね、その歌の訳を知りたいんです。その歌がさっきありやしたね、あの歌どういうこと言ってんのか
    先生:お前うるさいね、そのね、えぇー、お前はねよくないよそういうのは。
    金:何が。
    先生:そのね、分からないことをすぐ人に聞くだろ? それ良くない。
    金:あぁ、そうっすか? なまじっかなことを言うより、分からねえことすぐ人に聞けってよく言うじゃありませんか。
    先生:いや、そういうこと言うかもしれないけど、言う前にちょっとは自分で考えるんだよ。考えて考えて考え抜いてどうしても分からないというところを人から聞かなくては身になり骨になりしないんだ。
    金:いや別に骨にしようとは思わねんですがね。どういうことかなっていう。
    先生:だからね、考えなさい。
    金:いや考えなさいたってね、あっしはもともとどっから考えていいかその考えるとばっくちも分からねえもんですからね、それで聞きにきたんですよ。
    先生:いやだからそういうときにはね、まず頭から素直に考えるんだよ。いいかい? ちはやふるというから、これは神代もきかずだよ。ねっ、神代もきかずとくれば、これどうしたって竜田川ってことなってくるだろ。あっ竜田川だなって思えば、自然その成り行きとして、からくれないにという順になって、もうまもなく、水くぐるとはと。いやー、なったね。
    金:いや、なったねったって、そらなりますよ。ただそれ言葉千切っただけでしょそれ。ばらばらにしろってんじゃねんですよあっしは。まとめといていいんです。まとめといて、なかまくるってえと中から何が出てくるか。
    先生:お前ね、そういうね、まくるなんてことを言うんじゃないよ。つまりね、ちはやふる神代もきかず竜田(大声)
    金:そんな大きな声出さねえたっていいでしょ?
    先生:いや、大きな声、あっ、大きな声嫌いかい? 嫌いならね、これ小さい声でいきましょ。ちはやふる こういう風に 神代もきかず竜田川。ねっ、竜田川。これならいいだろ? ね? 柔らかく。竜田川 軽く
    金:いやそんなことはどーでもいいんですがねえ。あっしは歌の訳を知りてえからこうやって聞いてんですよ。
    先生:うるさいねお前は歌の訳歌の訳って。つまり、えぇー、ちはやふる神代もきかず竜田、あっそうだお前ね、この竜田川これ何だと思う?
    金:いえ分かりません。
    先生:でも素人了見。
    金:いえ素人了見も玄人了見もねんですよ。あっしは分からねえから聞いてんですから。
    先生:でもお前、これをお前竜田川という川の一字が付くから川の名だと思うか?
    金:あっ、なるほどね、そう言われてみれば神田川隅田川なんてみんな川が付きますよねえ。川の名ですか?
    先生:いや思うかってんだよ。
    金:違うんすか?
    先生:思うかっての。
    金:そうじゃねんすか?
    先生:思うかってんだよ。
    金:しょうがねえなこりゃなぁ。まぁ思いますねえ。
    先生:まぁ思いますじゃない。思うのか思わないのかてんだよ。
    金:思いますよ。
    先生:そう? 思った。ほら、ねっ、それが畜生の浅ましさ。
    金:なんだよおい。
    先生:お前これはね、川の一字が付くから川の名だろうとお前の浅はかにも呆れたなぁ。竜田川というのは相撲取りだよ。
    金:相撲取り? あんまり聞かねえ相撲取りですね。
    先生:そりゃ今は聞かないがね。江戸時代は凄かったね。この人はね、あぁー、強かった。何が強かったかってね、田舎でもって草相撲を取ってる頃から大関を欠かしたことがない。いくら強い強いと言っても、こーんな田舎で威張ってもしょうがない江戸に出よう。江戸に出てきてある関取の弟子となって修行したな。何の修行でも大変だが、とりわけこの相撲の修行ぐらい容易でないものはない。身体が大きいから、力が強いから必ず勝つてえならわけないが、そうわいかない強くなりたい強くなりたい一所懸命修行をして、この人は神信心をしたね。
    金:はぁはぁ信心を。
    先生:おう、この人はね、断ちものをしたんだよ。
    金:あっ断ちもの。よくありますね茶断ち塩断ち。酒断った煙草断った。
    先生:いやそんなんじゃない。この人の断ったのは女だ。
    金:あら、女断っちゃった。
    先生:そう、立派な大関になるまでは女の傍にも寄りません。どうぞ一人前の大関にしてもらいたい。これは大変な事だよ。それからというものは、修行と信心の二本立て。5年経ったときには向こうに敵なしという立派な大関になったと思いなさい。
    金:うわー、5年で。大したもんですねぇ。
    先生:で、いつまでも願がけをしておくこともないから、願解きをして、いつ女房を貰ってもいいという身体にまでとり進んだから、金さんも安心をしてくれたまえ。
    金:いや、くれたまえたって元々心配してませんからねあっしは。いきなり安心しろったって安心しようがねんですよ。
    先生:薄情だなお前は。頃下弥生だな。
    金:えっ?
    先生:頃下弥生だ。
    金:あぁ、あぁ弥生ってえと? あの辰公とこの娘ですか?
    先生:いや弥生ちゃんの話じゃないんだよ。3月のことを弥生というんだね。うん、その頃のことだから、お客様に吉原に夜桜を見物しに行こうと誘われた。今までなら断るところだが、願解きができているからお供を致しましょう。大門をくぐったのが丁度晩方だ。ただでさえ灯りの早いところ。両側の茶屋はまんぞの灯り月は名月華は真っ盛り出に不夜城の名に虚しからず。昼を欺くばかりの絶景。いや実に見事なもんだ。
    金:はぁ、大したもんですね。
    先生:お前にああいうのをね、一目見せておきたかったねぇ。
    金:へぇ、見たかったですねえ。先生見ましたか?
    先生:いやー、俺もまだ見てない。
    金:なんだよおい。見てねえところに力入れないでもらいたい。
    先生:そのときの頃だから花魁の道中というのがあったな。
    金:えぇ、話には聞いたことありますよ? 花魁道中でしょ?
    先生:清掻(スガガキ)という三味線にのって出てくる。チャンランチャンランチャンランチャンランチャンランチャンラン。先を争い飾りを競って出てくるのはどこを取っても得も言われぬような絶世の美人揃いだ。
    金:へぇー、いい女ばっかり。
    先生:そうだ。第三番目に出てきたのが、辺りをはろうばかりの一文字。一際目立つ艶姿。慣れし廓の八文字踏みしめ踏みしめ。シャナリシャナリと進んできたのが、当時飛ぶ鳥を落とすといわれた指折りのこれが千早太夫という花魁だ。
    金:へぇー。
    先生:この花魁を見たとたんに竜田川がぶるぶるっと震えたね。
    金:震えましたか。
    先生:震えた。この震えが三日三晩止まらなかったという。
    金:三日三晩震えましたねそれは。やっぱりなんですか発疹か何かで。
    先生:そんなんじゃないよ。この女があんまりいい女だったから思わず震えた。いやー、世の中にはいい女がいるもんだ。男と生まれたからには一晩でもいいからゆっくり話がしてみたい。お客様に話をする。売り物買い物造作ない。すぐに呼んでやろう。中野町のお茶屋に呼んでみたところが、その頃はね、まぁ、一流の花魁になるってえと大名の遊び道具の一つと言われたぐらいだ。中々ね、相撲取りとか噺家の席になんか出てこない。
    金:気の毒ですね。
    先生:気の毒だなぁ。この竜田川を一目見るなり、「わちきは故あって相撲取りはいやでありんす」 ぷいっと帰っちゃった。
    金:あら、ふられちゃったの?
    先生:ふられちゃった。じゃあしょうがねえや。ここまできて引っ込むわけにはいかねえ。じゃあ妹上呂にあたるところの神代に話をしてみると、「姉さんの嫌なものはわちきも嫌でありんすよ」 これも言う事を聞かない。
    金:あら、またふられちゃったの?
    先生:またふられちゃった。やんなっちゃった。なさけなくなんだいこれは。天下の大関だとかなんだとかって言うけどどこが天下なんだ。冗談じゃねえや。こんな思いをするぐらいだったら相撲取りなんかなるんじゃなかった。ええい、相撲取りなんかやめたいってんでその場でスポッと相撲取りを諦めて辞めた。そのまんま真っすぐ国へ帰って、豆腐屋になった。
    金:なんだか変な話ですねそれ。
    先生:なにが。
    金:いや、なにがったって。そりゃやめたきゃやめてもいいんですけどね、どうして豆腐屋にならなくちゃいけねえんですか?
    先生:いいだろなったって。当人がなりたいってものをお前がぐずぐず言う
    金:いえ、ぐずぐず言うわけじゃありませんけど大関ぐらいまでいけばですよ。あとやめたってね、土俵の周りに胡坐かいてふんぞりけえってればいいって仕事もあるじゃありませんか。
    先生:うるさいねお前は。いいんだよ。あのね、生まれた家、両親が豆腐屋だった。
    金:あっ、実家が。実家が豆腐屋じゃしょうがねえかな。
    先生:しょうがないだからそう言ってんだろ。だから話をお終いまで聞きなさいよ。国へ帰ってみると、さぁー店なんていうのは名ばかり。みすぼらしい店とも何とも言えないところが残っているだけだ。両親の前で不幸を詫びた。真に申し訳ございません。これからは一所懸命働きますどうぞいままでの不幸は勘弁してくださいませ。さぁ詫びが叶った。稼ぐに追いつく貧乏なし。5年経ったときにはそこに立派な豆腐屋の店を構えなおしたと思いなさい。
    金:5年で。うわぁー、凄いですね。先生の話は5年経つってえとなんか良くなる気がするんですが。
    先生:まぁそうだね、大概のことは5年が目安だ。
    金:あぁそうですかね。
    先生:あぁー、両親も喜んだ。喉をごろごろ鳴らして喜んだ。
    金:なっ、な、なんだ。猫だねまるで。
    先生:5年経った秋の夕暮れとなるとまたなんとなくもの寂しいな。
    金:そうっすかねえ。
    先生:竜田川明日の仕込みにと臼に捕まって豆を引いている。黄(タソ)か昏(カレ)かという夕間暮れ。店先に立った一人の女乞食。身にそぼろを纏い竹の杖にすがってひょろひょろひょろひょろ。お願いでございます。三日三晩何も頂いておりません。ひもじゅうてなりません。どうぞご商売もんの卯の花を頂かしてくださいまし。もとより情け深い竜田川。ああ、おくぼさんしんぜよう。大きな手でぐっと菜の花を一掴み、さあ持っておいでと見下ろす顔。ありがとうございます。貰おうと見上げる顔。いよっ、チャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンチャン互いに見かわす顔と顔
    金:なんですかそれは。
    先生:これはお前浪速節だよ。
    金:浪速節? 浪速節なんかどうでもいいんですよ。誰ですかその女ってえのは。
    先生:誰だと思う?
    金:分かりません。
    先生:素人了見でいい。
    金:また始まった。それで畜生の浅ましさかなんか言うわけでしょ。誰ですか?
    先生:これがお前5年前に竜田川を振ったところの千早花魁のなれの果てだ。
    金:なんだかまた変ですねそりゃ。吉原でそれだけ威勢の良かった女がですよ? いくら5年経ったからってわざわざ田舎に出てきて乞食やってることねえでしょ?
    先生:いいだろう何になったって。当人がなりたいってのをお前がぐずぐず言う
    金:いやぐずぐず言うわけじゃありませんけど、乞食
    先生:うるさいね。なに、良いんだよ。人間なろうと思えば何にだってなれるんだ。中でも乞食が一番なりいい。お前だってすぐなれる。
    金:あっしはいやですよ。
    先生:嫌ならならなくてもいいけど、竜田川が怒ったね。この女ごめんなさーいばたばたばたばたばたばたばたばた。駈け出してく所を後ろから肩口のところをドーン。突いたよ。怪力無双の竜田川に突かれたからたまらない。女は三日三晩なんにも食べていないという枯らっ葉よりも身が足りなくなってドーンと突かれた拍子に勢い突いてそのまんま空中高く飛び出した。ボーーーーーン、そのまま力の勢いというのは恐ろしいもんで空中を向こうの方目指して飛んでった。向こうの方に山があったからよかった。この山がなかったら何処まで飛んでったか分からない。この山にドーンってぶつかるってえと、はずみでもってボーーーーーーン。戻ってきたやつをまたバーーーーンボーーーーーンバーーーーーン。
    金:ゴム毬みてえな女ですね。
    先生:そら女乞食ってえのはいくらか弾むんだ。
    金:ああそうですか。ちっとも知らなかった。
    先生:そのくらいのこと覚えきなさいよ。そのままバーンと飛んできたのを脇に叩くと、豆腐屋の前に井戸がある。この井戸の脇に柳の木が一本立っている。この柳の木に捕まってひょろひょろひょろひょろと立ち上がる。さも恨めしそうに残念無念と落涙に及んだ。いよっ、チャンチャンチャンチャンチャン
    金:その、ちょっとその三味線やめてもらいてえな。どうしました?
    先生:やがてのこと。井戸にどぼんと飛び込んで、あえなく息は絶えにけり。チャチャンチャンチャン。
    金:なんすかチャチャンチャンチャンって。死んじゃったの?
    先生:死んじゃった。
    金:あぁー、そうするってえとなんでしょ、ねえ。夜になるってえと井戸ん中からうらめし
    先生:そんなの出てこない。
    金:いやでもせっかくこれ柳の木もあるし、井戸もあるんですから、ねっ。あの、うらめし
    先生:うるさいねお前はうらめしいもなにもないの。話はこれでお終い。一番始めが千早ふるだろ?
    金:これ何ですかこれは。これさっきの歌の訳かいおい。あんまりなげえから他の話してんのかと思ってさあ。どういうわけ
    先生:どういうわけったって、一番初めが千早が竜田川を振ったろ? だから千早ふるじゃないか。妹上呂の神代に言ったら、姉さんの嫌なものはわちきも嫌でありんす。これも言うことを聞かない。神代も聞かず竜田川となるだろ。
    金:うわー、なりましたねこれは。あとは?
    先生:あとは分かるだろお前。5年経ったときに竜田川の店先に女乞食が立った。そのときに卯の花はやらなかった。卯の花はくれない。からくれない。
    金:あらおからくれないか? あらひでえなこれ。
    先生:酷いってやつがあるか。あとは井戸の中にどぼんと飛び込んで、水くぐるとは。
    金:なるほどね、そりゃどんな軽い女だってどぼんと飛びこみゃ水くぐりますからねえ。それで水くぐる、とは? これおかしいねここ。
    先生:どこが?
    金:どこったってさ。くぐるならくぐるだけで事足りてるじゃないですか。くぐるとはってえとなんかこう、とはだけ余計なように思いますけどね。
    先生:お前も勘定高い男だなぁ。とはぐらいの端はまけとけ。
    金:いえまかりませんよ。なんですかそのとはというのは。
    先生:とはというのはあとでよーく調べてみたら、これは千早の本名だった。